ドイツの自動車メーカーVolkswagenは米国のEVスタートアップであるRivianに総額50億米ドル(約8,000億円)を3年にわたって出資すると発表しました。合わせて、出資比率50/50のJVの設立についても明らかになりました。

 

このJVがVolkswagenにもたらすものは何か?

2024年第4四半期に設立される予定のJVによって、VolkswagenはRivanから自動車用のソフトウェアアーキテクチャに関する知的財産のライセンスを受けることが可能になります。これによってVolkswagenは、ネットワーク機能の強化や、未来のクルマのアーキテクチャ作りを、加速できます。また、従来Volkswagenが弱かったSUVやトラックのセグメントについても、このJVを通じて知見を得られます。

 

VolkswagenはIDシリーズの電気自動車(EV)ラインナップの売上を伸ばすことに苦戦しており、EVセグメントでは競合のHyundai Kiaグループに水をあけられています。バッテリー駆動電気自動車(BEV)市場はさらに各社がひしめき合うなか、一部のメーカーはソフトウェアの機能やコスト削減の面で優位に立っています。Volkswagenはそうした勝ち組メーカーには入れず、出遅れていました。同社の米国市場でのシェアは2024年第1四半期には6%と、一年前の7%から低下しています。一方でライバルのHyundaiのシェアは6%から13%に伸びています。

出処: Counterpoint PV Global PV Sales Data

 

Rivianの第2世代車両であるR1TとR2Sはゾーンアーキテクチャ(訳注:zonal architecture; 従来は機能別に各ECUが車両全体のハードウェアを制御していたのに対し、車両の前後左右のゾーン別にECUを配置し、そのゾーンのハードウェアをまとめて制御する構造にした)を採用し、ECUの数を従来の17から7に削減するとともに、2.7km相当分のワイヤハーネスを不要にしました。RivianのCEO RJ Scaringe氏によれば、これによって部品点数500の設計や組み立てが不要になり、製造コストを35%削減できた、とのことです。

 

Rivianのアーキテクチャによる改善効果

出典:Rivian IR資料

 

Rivianにとっての資金流入の意味

Rivianはずっと収益面で苦しんできました。これまでに行ってきた、第2世代の車両アーキテクチャ、原材料調達先の変更、人員削減、製造方法の改善は、Rivianを正しい方向に向かわせてはいます。しかし、R2やR3の開発が進められているなかで、10億ドル(約1,600億円)が2024年末までに調達できれば、市場投入までの期間短縮や予定されているジョージアの製造工場の建設に大きな助けになります。

 

出典:Data from Rivian Investor Relations

 

この初回分の出資で、同社のR2プラットフォームとR3モデルの開発や製造を加速することができます。また、長期的な出資が約束されたことで、同社の長期的な事業戦略の選択肢が広がりました。JVの発表後に行われた投資家との電話会議で言及された長期的ロードマップでは、従来の同社のラインナップにはない、値ごろな大衆向けの車種をラインナップに加えることが示唆されました。今回のVolkswagenからの出資によって、Rivianの戦略がより現実味を帯びました。

 

Rivianの車種ロードマップ

出典:Rivian IR資料

 

RivianのR2の目標価格は45,000米ドル(約720万円)です。Rivianにとって、高級車セグメントからより低所得の消費者にも手が届く車種に市場を広げられるR2の市場投入は、早いに越したことはない状況です。RivianによればR2は政府のEV税額控除を満額の7,500米ドル(約120万円)受けられるということです。米国の消費者は今なおインフレと高金利を実感しているので、そうした消費者にRivianが少しでも早くクルマを提供できることが、同社にとって重要になっています。

 

両者の合意の詳細

  • 初回の投資は10億ドル(約1,600億円)。
    • NormalおよびGeorgiaの中型車製造工場でのR2の立ち上げに利用します。
    • 初回の10億ドルは、無担保の転換社債型新株予約権付社債として、2024年第4四半期までにRivianの自己資本に組み込まれます。
  • 2025年に10億ドル、さらに2026年にも10億ドルの株式取得を実施します。
  • 残りの20億ドルはJVへの投資になります。
    • これは、JV設立費用に充てられる10億ドルと、JVへの貸し付けとして2026年に提供される10億ドルにわけて提供されます。

出典:Rivian IR資料

 

この合意のポイント

Volkswagenは同社の次世代SUVの開発に向けて東半球と西半球両方で活動しています。今回の合意発表の前には、同社は同様なパートナーシップをXpengとの間で築き、中国市場向けの新SUVの開発を進めていました。しかし、米国やEUが中国製EVへの関税を引き上げたため、VolkswagenとRivianのパートナーシップが西側諸国向けの商品と、同社の今後のBEV開発や生産を担うことになりました。Volkswagenは、やがてTeslaと肩を並べるという決意を持っています。そのためには、高効率なゾーンアーキテクチャや中央集中型の処理システムの採用によって、同社が抱えているソフトウェアの問題やコスト削減に対処することが必須となっています。

 

Rivianはもともと赤字脱却の道を歩んできていましたが、今回の出資によって、その加速が期待されます。今回の発表で投資家の信用が高まり、発表翌日には株価が23%跳ね上がりました。この出資によって、RivianにはNormalとGeorgiaの製造ラインの増強を、必要ならすぐにでも実施できるようになりました。また、長期的にみると、Rivianの最終目標である大衆車のラインナップを市場に出すという点でも、今回の出資は意味があります。さらに、整備工場の共通化から充電インフラであるRivian Adventureの拡充に至るまで、今回のJVによる潜在的なシナジーはいろいろ考えられます。まだ公式に発表はされていませんが、今回のパートナーシップと出資は、他にも戦略的成長の様々な可能性を秘めていると言えるでしょう。

 

市場を俯瞰すると、今回の件は、先進的なソフトウェア・デファインド(訳注:ソフトウェアで機能を実現し、ソフトウェアの更新で機能をアップグレードできるようなクルマ)なアーキテクチャやネットワークの活用の価値を、自動車メーカー各社が認識したことの表れ、とみることができます。他の既存の自動車メーカーもコスト削減や新機能追加のために、同様な動きを取るものとみられます。

 

 

【カウンターポイント社概要】

カウンターポイント社(英文名Counterpoint Research HK)はTMT(テクノロジー・メディア・通信)業界に特化した国際的な調査会社である。主要なテクノロジー企業や金融系の会社に、月報、個別プロジェクト、およびモバイルとハイテク市場についての詳細な分析を提供している。主なアナリストは業界のエキスパートで、平均13年以上の経験をハイテク業界で積んでいる。

公式ウェブサイト: https://www.counterpointresearch.com/